2010年代に入り、日本国内でもARG(代替現実ゲーム)的な試みが次々に行われるようになりました。
ARGと銘打ってそれを“売り”にする試みもあれば、ARG的な要素を含むことに無自覚なまま展開されている試みもあります。
2012年、最も多くのプレイヤーを巻き込んだARG的な試みは、実は「ももいろクローバーZ(通称:ももクロ)」という女性5人組アイドルグループだったのではないか。そう私は思っています。その、ファンを巻き込んだももクロを育てていく活動のことを、この記事では以降「ももクロキャンペーン」と呼びます。去る2012年12月31日に放送された第63回NHK紅白歌合戦が、ももクロキャンペーン第一部のファイナルイベントでありました。
一連の「ももクロキャンペーン」の中で、ARG的だった具体例を示しましょう。
ももクロ街宣車イベント
2011年7月27日(水曜日)、ももいろクローバーZのファーストアルバム『バトルアンドロマンス』発売日のことです。
第一報は約1週間前。スタッフのTwitterより発売日には“何か”をするので予定は空けておいた方がよい旨がアナウンスされました。
そして発売日直前。同じくスタッフTwitter経由で場所を告知しないゲリラライブの開催と、ももクロが街宣車に分乗して都内各所を巡る事、そして同日は肖像権フリーとする旨がアナウンスされました。
このアナウンスの直後から、ももクロのファン達はネット上で情報交換しながらゲリラライブの開催場所の有力候補を代々木公園や新宿ステーションスクエア(アルタ前のイベントスペース)などに絞り込んでいました。そして早朝に新宿ステーションスクエアまで斥候(?)へ行った人が、ももいろクローバーZのロゴを発見して写真を共有したことで、同所へファンが集結を始めました。
同時に、Twitterなどで街宣車の目撃報告が共有されはじめました。最初は秋葉原、続いて四ツ谷・・・「ももいろクローバーZ、ももいろクローバーZでございます」という本物の選挙カーじみたセリフをスピーカーから流す様子や、彼女たちの写真(その為の肖像権フリーだったわけです)が無数にWeb上で共有され、拡散しました。
ファンによってネット上で共有された写真を順番に眺めていくと、ももクロがどんな順路でどんなことをしながら都内を巡っているか知ることができました。そして結果的に、膨大な数の彼女たちの写真や情報がネット上で閲覧されました。
ももクロは渋滞で予定時刻にゲリラライブ会場へ到着できなかったものの、ファンは彼女たちがどこにいるか、新宿まであとどれくらいかを調べながた待つことができました。
街宣車は最終的にマスコミ各社が待つ東京タワー前にたどりつき、選挙カーの上に登ったメンバーたちが集まったマスコミとファンの前で所信表明演説を行いました。
ゲリラライブの模様は公式Usteramチャンネルで同日夜までには無料配信され、所信表明演説も翌日のスポーツ新聞やワイドショー、ネットメディアなどで取り上げられました。こうしてイベントの内容は全国のファンへも共有されました。
このように手法を比較するとARGに近しい部分も多い、ももいろクローバーのキャンペーンについて、このARG情報局に掲載されている「ARGの魅力」に沿ってさらに深く分析していきたいと思います。
ストーリーの楽しさ
「ストーリーは ARG の全ての要素を一本に繋ぐ、背骨のような存在です。魅力的なストーリーがあればこそ、プレイヤーは広大な現実世界から物語の欠片を探し出す、辛く長い航海に、喜んで出かけるのです。」ももクロキャンペーンには、ひとつの明確で魅力的な物語があります。
それは以下のようなものです。
「結成直後に代々木公園で行なっていた路上ライブで通行人に見向きもされずビラすらまともに受け取ってもらえなかった少女たちが、ひたむきさと全力のパフォーマンスを武器に少しずつファンと協力者を増やし、代々木公園からNHKホールを見上げて『いつか、大晦日にあの舞台に立てるといいね』と語り合った夢を実現させる」
つまり、ももクロキャンペーンの参加者であるファン(通称:モノノフ)達に与えられたミッションは、「みんなの力で、彼女たちを紅白歌合戦の舞台へ連れて行く」ことでした。
喩えるならば、高く険しい山道を登るももいろクローバーの少女たちのため、ある者は背中を押し、ある者は道を歩き易いよう整地する……みたいなイメージです。
ももいろクローバーが行っている個別の施策は、他のアイドルグループでもやっている事がほとんどです。
しかし、それらの施策の全てが“ひとつの大きな物語”へ集約するよう明確かつ意識的に設計されている点において、ももクロのARG性は他のアイドルと一線を画しているといえます。
※ももクロの歩みについては、このあたりのまとめ記事をご覧ください。
Wikipedia - ももいろクローバー〜歩み
大事なトコロがすぐわかる!ももクロヒストリー2008・2009
大事なトコロがすぐわかる!ももクロヒストリー2010
大事なトコロがすぐわかる!ももクロヒストリー2011
トランスメディア の楽しさ
「トランスメディア (transmedia) とは、複数のメディアを横断して物語が展開されることを言います。」ももいろクローバーの情報は、様々なメディアに分散・横断して展開されています。
公式サイト・ライブDVD・CSの冠番組・公式Ustreamチャンネルなどオフィシャル色の強いものだけでなく、スタッフのTwitterや芸能人ファンのラジオ番組、果てはファンサイトなどにまで彼女たちの物語が散りばめられています。
中でも、膨大な量の動画がアップロードされているYoutubeは非常に大きな役割を果たしました。
代々木公園の路上ライブの様子や、メンバーが子供時代に出演したCMやTVの映像なども探すと出てきます。
ももクロキャンペーンへ参加したファンが最初にやることは検索を駆使して断片的な情報を集め、彼女たちの個性や“ひとつの大きな物語”を把握することです。
謎解き の楽しさ
「ARG でみんながぶつかる最も一般的な障害、それが謎(パズル)です。情報の欠損により意味が分からなくなってしまったものから、本格的な暗号文まで、ARG ではあらゆる謎のバリエーションが登場します。難しい謎を、みんなであーでもないこーでもないと言いながら解いている時間が、ARG で一番心地よく楽しいのかもしれません。」謎解きに関して直近の事例を挙げれば、紅白歌合戦翌日の2013年1月1日午前8時から「元日重大生発表」公式Ustreamで配信という告知が行われました。これと前後して通信販売されていた2012祝・紅白歌合戦初出場記念Tシャツの背面には「35.678067,139.714894」という謎の数字が書かれていました。(ちなみに販売サイトではモザイク処理がされており、購入者に届くまで何が書いてあるか分からないようになっていました)
これをGoogleマップに打ち込むと、ココにピンが立つようになっていました。
奇しくも1月1日夜に放送された「リアル脱出ゲームTV」でも使われていた手法ですね。正式告知前に、断片情報を事前リークするのも、ももクロキャンペーンの常套手段といえます。
ミッション の楽しさ
「ARG で課される障害はパズルだけではありません。何月何日にどこそこへ行け、や、友達10人とこんな事をして写真を投稿しろ、といったミッションが課されることもあります。」
現実探索感 の楽しさ
「ARG が、他のゲームと異なる大きなポイントは、ゲームの範囲が明示されていない、ということです。テレビゲームであれば、テレビの中で主人公が行ける場所は決まっています。鬼ごっこでは、通りすがりの郵便屋さんが実は鬼だった、なんてことは起こりません。一方、ARG では、事前の約束ごと(ルール)は一切ありません。あえて言えば、「現実のように考える」がルールです。」先に述べた通り、ももクロキャンペーンのミッションは「ももいろクローバーを紅白歌合戦の舞台へ連れて行く」でした。
しかし、具体的な“指示”が運営側から明示されることは滅多にありません。
まさしく「ゲームの範囲が明示されていない」のです。
実例として「有名人モノノフ」の代表格である南海キャンディーズの山里亮太のエピソードを挙げます。
山里亮太は自身がナレーションを担当している朝の情報番組「スッキリ!!」のカメラを、ももいろクローバーの握手会に連れて来ました。自分が最初に見たのは調べたところ2010年11月、ももいろクローバーが本格的なブレイクを果たす前のことです。それなりに売れてるはずの芸人がファンに紛れてアイドルの握手会の列に並ぶ画をエサにカメラクルーを呼び、ももいろクローバーに全国ネットのテレビ番組でのPR時間を差し出した侠気に当時の私は感銘を受けました。
このロールモデルは山里亮太に限らず多くのももクロキャンペーンの参加者に共有されており、各々の立場でできる支援や協力を実践していました。
買い物先の店でももクロの曲が流れ続ける、
全く畑違いの媒体やブログで突然ももクロが取り上げられる、
テレビの音効が全てももクロの音源で構成されている、
ベンチャー企業の求人ページで「望ましい経歴:元ももいろクローバー」と掲載される、
・・・それらを見つけるたび、ももクロキャンペーンの参加者は見知らぬ“同志”による小さな努力を心の中で称えるのです。
たとえ特殊な職業や立場に就いていなくとも、
・身近にいる影響力のありそうな人にももいろクローバーを布教する(何人か先に紅白歌合戦の関係者がいるかもしれない)
・日本青年館→中野サンプラザ→よみうりランド・オープンシアターEAST→さいたまスーパーアリーナ→横浜アリーナ→西武ドームと拡大してゆく会場を満席にするため人を誘う
などの貢献は広く行われていました。
ももいろクローバーが登っている高く険しい山道を整地することはできなくても、道の小石や雑草を取り除く程度の小さな貢献は一般のファンでも可能です。この小さな行動によって、ももいろクローバーはファンへ“成功の喜び”を分け与えてくれているのです。
インタラクティビティ の楽しさ
ARG の魅力の一つに、人間が進行をコントロールしているために、いくらでも柔軟な対応が可能であることが挙げられます。先のファンが実践する「ミッション」の話の続きになりますが、ももクロキャンペーンの進行を運営している人たちは非常にこまめに優秀な働きをしたファンへ報酬を与えて、ファンのモチベーション維持に努めています。
先の山里亮太には、ももクロ出演のイベントでMCを務めたり、TV出演時にゲストとして共演させてもらったりという形で彼の貢献に報いています。
また2010年、HMV渋谷の名物スタッフで「このジャンプがアイドル史を更新する」というキャッチコピーとともにももクロの特集棚を作り話題となった佐藤守道のところへは、マネージャーがメンバー6人とともに直接お礼をしに来たそうです。佐藤守道は現在スターダスト音楽出版でももクロのブレーンの一人として彼女たちを支えています。
この時代、ももクロはYoutubeにアップされた自分たちの動画をよくMCのネタに使っていました。
自分はこれも報酬の一つだと考えています。なぜなら、彼女たちを応援する意図で動画を作った本人がそのMCを聴いたら感激しない筈はありません。これは「私たちは貴方の貢献を見ています。ありがとう」というメッセージにほかなりません。動画の存在を知らなかった人へも、動画を探そうというモチベーションを与えます。
最近だと「ももいろクリスマス2012~さいたまスーパーアリーナ大会~」内で「行くぜ!怪盗少女」の曲中にももクロがパパイヤ鈴木とおやじダンサーズに入れ替わるという演出がありました。これは「おじクロ」(昨年秋の演劇公演。モノノフでもある有名な劇団の演出家が主催町工場のオヤジ達が家族の白い目を乗り越えて「行くぜ!怪盗少女」を踊るという芝居を作ってしまい話題になった)のスタッフへの報酬でもあったと思っています。
ライブにおいて会場を埋めたファンに対して深く長くお辞儀をする儀式もまた、小さな貢献への報酬のひとつと言えます。
この有り様はプロテスタントと神の関係に似ています。
神と同じく、ももクロもまたモノノフの行いを見ているのです(笑)
参加者コミュニティ の楽しさ
コミュニケーションは、ARG の基本となる要素です。ARG は、次に何が起こるか分からない、ワクワク感の塊の娯楽とも言えます。そのワクワクする気持ちは、仲間と共有することで、何倍にも膨れあがるのです。ももいろクローバーは、元メンバーの早見あかり脱退翌日から「ももいろクローバーZ」に改名するなど予想のつかない展開が頻繁に起こし、そのたびにファンをドキドキさせます。
そのため「重大発表」や「次のライブの演出」についてモノノフ間で様々な憶測が議論されます。
先に紹介した元旦の「元日重大生発表」公式Ustreamで配信という告知が行われた直後にも、重大発表の内容についての予想や憶測がTwitterや2ちゃんねるで活発に行われました。
またライブ当日や「笑っていいとも」「ミュージックステーション」などの有名な生放送番組への初出場時、果てはチケット抽選の当落発表日にまで、Twitterのタイムラインを見ながら“みんなと楽しむ”ことができたりします。
驚き・感動
ARG は、生身で体験するイベントが多いため、既存のメディアでは得られない興奮を味わうことも多々あります。ももクロキャンペーンにとって、リアルイベントはライブに相当します。
舞台上から全力でパフォーマンスを行うももいろクローバーと、会場からそれに応えようと声を張り上げサイリウムを振り上げるモノノフが協力してつくり上げる祝祭空間がそこにはあります。未体験の方はぜひ一度体験してみることをおすすめします。
代替現実感 の楽しさ
最後の魅力は、代替現実感です。ARG を ARG たらしめている根幹。ARG の魔力の全ての源。ももクロキャンペーンは代替現実というより現実そのものと言ってしまうこともできます。
彼女たちの物語は(シナリオを書いている人がいるとしても)彼女たちにとっては間違いなく現実世界の出来事であり、彼女たちの成功や喜びは文字通り生々しいリアルそのものです。そのリアリティが、彼女たちの物語を魅力的たらしめています。
第一部の終了と第二部のはじまり
ももいろクローバーのARG性について書いてきましたが、ここでももクロキャンペーン第一部の結末について。
「ももいろクローバーを、みんなの力で紅白歌合戦まで連れていく」というミッションは2012年に達成されました。
12月31日の紅白歌合戦は、その成功を祝うファイナルイベントでした。
彼女たちが限られた持ち時間で歌ったのは、
最新曲であり布袋寅泰という大物から楽曲提供を受け最高の売上枚数を叩きだした「サラバ、愛しき悲しみたちよ」と、
メジャーデビュー曲であり代表曲でもありももいろクローバーの理念そのものである「行くぜ!怪盗少女」のメドレーでした。
限られた持ち時間の中、ももいろクローバーの歴史と魅力を全力で表現したよいパフォーマンスでした。
そして、ももクロキャンペーン第二部のラビットホールにもなっていました。
ももいろクローバーZは「行くぜ!怪盗少女」を現行の5人編成版ではなく6人編成版で披露しました。
前述のとおり、ももいろクローバーから早見あかりという子が2011年4月に脱退しています。
脱退の経緯については拙ブログにまとめたものがあるので、ご一読ください。
早見あかりが、ももいろクローバーを脱退した理由について
下積み時代の苦楽を共にしてきた彼女を含めた6人で紅白歌合戦の舞台に立つ。
彼女の脱退により、その夢は実現しなくなったかに思われました。
しかし2011年4月に行われた早見あかりの脱退公演にて「ももいろクローバー(Z)の5人は歌手として、女優となった早見あかりは司会者として紅白歌合戦の舞台に立つ」という新たな夢が提示されたのでした。
ご存知のとおり、早見あかりは今年の紅白歌合戦への出演はできていません。
(そもそも17歳の彼女は22時以降の生放送に出演できないので司会者としてフィナーレに立ち会えすらしません)
6人編成で歌われた「行くぜ!怪盗少女」は早見あかりの不在を際立たせ、早見に対しては“この舞台で待ってるよ”という激励となっています。
前述の「元日重大生発表」で次の目標として発表された国立競技場は、平成26年7月から平成31年3月末まで改修工事に入ります。ももいろクローバーZの5人は改修工事が終わるまで新しい国立競技場を満員にできるだけの人気を保ち紅白歌合戦へ出場、早見あかりは女優として大成し朝の連続テレビ小説や大河ドラマのヒロインを射止めて紅白歌合戦の司会を務める。
ももクロキャンペーンの第二部は、こんな実現不可能にも思えるけれど実現したらこの上なく素敵な目標へ向けてスタートしました。今後の展開に期待したいです。
最後に
最後にひとつ。
ももクロキャンペーンのARG性を語る上で、最も重要なトピックをまだ語っていません。
上記の個別施策はファンの行動を促す導線でしかなく、いわばブームという火を燃やすための薪や燃料です。
しかし、どんなに高性能な薪や燃料も“種火”がなければ役に立ちません。
なぜ、ももクロキャンペーンのファン達は一生懸命ゲームに参加してくれるのか?
これまで日本国内で実施されてきたプロモーションARGは、常にプレイヤー数の拡大に難儀してきた一方で、ももクロキャンペーンはいかにして数万人規模の参加者を獲得することができたのか?
この説明は非常に難しいです。
参加者によって、ももクロキャンペーンに参加する理由は千差万別です。性別や年齢によっても変わります。情熱の強さに個人差がありますし、当然“まったく刺さらない”人やARG的な楽しみ方をしていない人もいます。
なので知ったかぶりで結論を書くことはできないのですが、ももいろクローバーが“種火”を点ける瞬間が記録されたドキュメント映像が公開されているので、これを以って説明に替えさせてもらいつつ本稿を締めさせていただこうと思います。
関連リンク
アニメ好きなコンサルタントと弁護士によるBLOG
Wikipedia - ももいろクローバー~歩み
0 件のコメント:
コメントを投稿