2009年9月7日にスタートしたARG情報局は、本日10周年を迎えました。
節目ということで、スタートの記事を書いた当人である @epi_x が、ARG情報局を取り巻くこの10年間を振り返ってみたいと思います。(つまりは、10周年にかこつけて、大手を振って昔語りをするという記事です!)
10年前といえば、iPhoneが日本で発売されて1年ちょっと。まだ LINE も始まっていません。Twitter は存在していましたが、マイクロブログと呼ばれ、PCで読み書きする軽量なブログという位置づけでした。スマートフォンで外出中も常時「繋がっている」のが当たり前という現在の常識が訪れる前夜です。
体験型エンタテインメントの当時の状況は、ミステリーナイトこそ歴史ある参加型ミステリとして君臨していましたが、他の状況は全く異なるものでした。
現在では品質の高い謎解き公演も多数実施しているリアル宝探しのタカラッシュさんも、当時はまだその名称すらなく、サイト名は「赤い鳥」。当時でも10年近い実績はお持ちでしたが、コンテンツの内容は謎解きというより、まさに宝の地図を読み解くようなスタイルで、地道にエリア内を足で探すような体験が多かったと記憶しています。
リアル脱出ゲームは、ようやく東京進出2作目である「図工室からの脱出」の公演を成功させたところ。参加者数も全日程合わせて500名という規模感で、新しもの好きのアーリーアダプタの中で話題の旬のエンタメという位置づけでした。現在のリアル脱出ゲームの1公演の延べ参加者数は数万人ですので、規模感の違いがお分かりいただけるでしょうか。
一方、ARG(代替現実ゲーム)は、映画「ダークナイト」のプロモーションARG「Why So Serious?」が、参加者数1000万人という空前の規模で実施され(事例紹介記事)、カンヌ国際広告祭の2009年のサイバー部門グランプリを受賞したこともあって、主に広告業界を中心に静かな注目を集めていました。大手の広告代理店の社内ではいろいろ研究されていたと聞いています。
国内では、2008年には北京オリンピックのプロモーションARGである「The Lost Ring」が日本語でも展開。2009年には大手代理店のADKを含むコンソーシアムによる実証実験ARGの「RYOMA the Secret Story」が実施され、慶應大学で「ARGシンポジウム2009」が開催されるなど、新しい手法であるARGの熱に、国内でも様々な人が浮かされていた時期とも言えるでしょう。
そんな状況下の2009年9月7日に、ARG情報局はオープンを迎えました。ARG情報局の運営母体であるIGDA日本ARG専門部会(SIG-ARG)の発足も同時期となります。ライターは八重尾昌輝氏と私の2人体制。
立ち上げた理由はシンプルで、ARGという新しいエンタテインメントを「ゲーム開発者」という切り口から盛り上げていくため(ちなみに、IGDAは「国際ゲーム開発者協会」の略称です)。
具体的には、ARGないしはその近接領域の制作者に対して「あなたの作りたいエンタメに近しい事例が存在していて、こんな成功/失敗があった」と事例紹介を伝える機能、そして、ARG的なものをプレイするのが好きな人たちに「あなたの好きなそのエンタメにはジャンル名がついていて、他にもこんな作品がある」と伝える機能、この両輪が必要だろうという思いでスタートしました。今もその根幹は変わっていませんね。
ちなみに、「ARG的なもの」などと曖昧な表現をしましたが、そもそも「ARG」とは何なのか、そして、ユーザに浸透していないこの名称を使うことに何の意味があるのか、という議論も度々行われてきました。
個人的な意見としましては、ARGの定義はどうでもよいが、作り手が、自分の作りたいものに近しいものを作っている他の制作者や事例を知るための検索キーワードになれればよい、という程度の気持ちでいます。
なお、以前に体験型エンタテインメントの要素と「ARG」の定義について、私見をまとめていますので、ご興味がありましたら。
さて、2009年にARG情報局がオープンしてから2〜3年は、広告代理店から個人制作者まで、多様な立場の作り手が、欧米で成功した事例を参考に「ARG」という看板で新しいものを作ろうと、様々な取り組みを行った時期だったように思います。
しかし、この時期の国内の多くのARG関係者の努力はなかなか実らず、世間に認知される起爆剤となるコンテンツを生み出せぬまま、「ARG」という看板でものを作る人々は少なくなっていってしまいました。
ちなみに、「ARG的なもの」などと曖昧な表現をしましたが、そもそも「ARG」とは何なのか、そして、ユーザに浸透していないこの名称を使うことに何の意味があるのか、という議論も度々行われてきました。
個人的な意見としましては、ARGの定義はどうでもよいが、作り手が、自分の作りたいものに近しいものを作っている他の制作者や事例を知るための検索キーワードになれればよい、という程度の気持ちでいます。
なお、以前に体験型エンタテインメントの要素と「ARG」の定義について、私見をまとめていますので、ご興味がありましたら。
さて、2009年にARG情報局がオープンしてから2〜3年は、広告代理店から個人制作者まで、多様な立場の作り手が、欧米で成功した事例を参考に「ARG」という看板で新しいものを作ろうと、様々な取り組みを行った時期だったように思います。
しかし、この時期の国内の多くのARG関係者の努力はなかなか実らず、世間に認知される起爆剤となるコンテンツを生み出せぬまま、「ARG」という看板でものを作る人々は少なくなっていってしまいました。
(なお、私も含めて、改まってARGと言わないだけで、作りたい物の本質は変わらずに現在も様々な形で取り組み続けている制作者たちは居ます)
そもそも、当時、お手本とされた欧米のARG事例は、ハリウッドの莫大なプロモーション予算に支えられて大規模コンテンツが成立しており、構造的にマネタイズの難しさを抱えていたことも、継続的に作り続けることを難しくしていた一因だったかもしれません。
そもそも、当時、お手本とされた欧米のARG事例は、ハリウッドの莫大なプロモーション予算に支えられて大規模コンテンツが成立しており、構造的にマネタイズの難しさを抱えていたことも、継続的に作り続けることを難しくしていた一因だったかもしれません。
欧米では、2010年代には、テレビドラマやデジタルゲームにおいて、複数シーズンや複数バージョンに分かれて継続的に提供されていくコンテンツが増えたことに合わせて、それらの新シーズン・新バージョンを外から盛り上げる手法としてARGは定番化していきました。
この道筋を国内が辿れなかったのは、諸々の状況の違いもあるにせよ、欧米には偉大な先例として The Beast も I love bees も Why So Serious? もあり、日本にはなかった、という一点が非常に大きかったと考えています。JRPGはドラクエとFFがあったからこそ、あれだけ芳醇な作品群が生み出されたのであり、日本のARGには、未だにドラクエが生まれていないのです。
話がだいぶん逸れました。2010年前後の話に戻しましょう。この時期には、SIG-ARG主催で、体験型エンタメの事例紹介を制作者に行っていただくようなセミナーも何度か実施していました。実際の場に人を集めてセミナーを行ったのは、制作者同士の交流によって、新たなエンタメが生まれるキッカケの場になれば、と考えてのことでした。
当時の思い出としては、2011年の第3回セミナーでご登壇いただいた際に初めて謎解き制作界隈と接触された田中宏明氏が、2012年の第4回セミナーではご自身で作った謎解き公演の事例紹介をしているというフットワークの軽さが強く印象に残っています。
このように、「ARG」という看板が国内で立ち上がらなかった一方、謎解きゲームは2010年代前半にうなぎ登りに認知度を高めていきます。その後、現在に至るまで、謎解きが日本の体験型エンタテインメントを席巻していくのを見守る10年だったと言えるかもしれません。
音楽の世界ではCD売り上げとライブの市場規模が逆転していき、モノ消費よりコト消費(あるいはトキ消費)と、したり顔で語られる中で、まさに60分の濃密な体験を売るリアル脱出ゲームは、その強固なエンタメ性と、非常に分かりやすいマネタイズモデルに支えられ、時代の寵児として急成長を遂げていきました。
リアル脱出ゲームの成功は、ただSCRAP社が発展したというだけではなく、体験型謎解きゲームというジャンルそのものの成立へと繋がります。この10年で、SCRAP社以外にも、本当に素晴らしい体験型謎解きゲームを作れる制作者が育ちました。
そして、その結果として、体験型謎解きゲームで育った体験型エンタメの制作者たちが、さらに踏み込んだ体験を作るために、謎解き以外の領域にも足を踏み出し、体験型エンタメの領域全体を豊かにし始めているというのが、ここ数年の状況のように感じています。
例えば、SCRAPさんが制作した「歌舞伎町探偵セブン」は、新宿の実際の街中で、物語に即した非日常体験ができるという、まさにARG的な面白さの一部を切り取ったコンテンツでありました。すゞひ企画さんの体験型ミステリは、ゲーム的な処理を織り込むことで、リアリティを犠牲にしつつも、短時間で濃密な推理体験ができるような構成を生み出しています。演劇に双方向性を持ち込む挑戦は昔から行われていますが、近年、体験型謎解きゲームの知見を取り入れて工夫を凝らされたものも増えてきました。また、Tumbleweedさんをはじめとしたいくつかの尖った制作団体は、既存の謎解きイベントの枠組みから外れるイベントの制作に、意識的にトライし始めているようです。
(実例として、2014年の「3D小説『bell』」も、ARGを知らずにただ面白いコンテンツを作ろうとしていた小説家に、謎解きの制作者が加わり、ついでに根っからのARG制作者の私も加わってのかけ算の結果、日本独自でかつ非常に没入度の高いコンテンツを生み出すことができたと自負しています)
現在もファミリー層を取り込みながら拡大し続けている体験型謎解きイベントや、根強い人気を誇るポケモンGOなどの位置情報ゲーム、そして、新たに流行の兆しを見せるイマーシブシアターを見ても、体験型エンタテインメントへのニーズの強さのトレンドは継続しているようです。新しい体験型エンタメが生み出されれば、爆発的に流行しうる土壌は存在しています。
2000年代にインターネットが日常化したことで、そこを媒介として現実にフィクションを注入することが可能となり、ARGは始まりました。
追伸1
もう少し丁寧な、ここ20年くらいの体験型エンタテインメントの振り返りは、「平成の体験型エンタメを振り返る」ツイートまとめ で行っていますので、よろしければ、そちらもご参照くださいませ。
追伸2
もしも最近休止中の SIG-ARG のセミナーを復活させてほしい!という声がありましたら、ぜひ Twitter などで声を上げていただければ幸いです。やる気あふれる皆さまのご協力を心よりお待ちしております。
(文章:@epi_x)
【関連リンク】
話がだいぶん逸れました。2010年前後の話に戻しましょう。この時期には、SIG-ARG主催で、体験型エンタメの事例紹介を制作者に行っていただくようなセミナーも何度か実施していました。実際の場に人を集めてセミナーを行ったのは、制作者同士の交流によって、新たなエンタメが生まれるキッカケの場になれば、と考えてのことでした。
当時の思い出としては、2011年の第3回セミナーでご登壇いただいた際に初めて謎解き制作界隈と接触された田中宏明氏が、2012年の第4回セミナーではご自身で作った謎解き公演の事例紹介をしているというフットワークの軽さが強く印象に残っています。
このように、「ARG」という看板が国内で立ち上がらなかった一方、謎解きゲームは2010年代前半にうなぎ登りに認知度を高めていきます。その後、現在に至るまで、謎解きが日本の体験型エンタテインメントを席巻していくのを見守る10年だったと言えるかもしれません。
音楽の世界ではCD売り上げとライブの市場規模が逆転していき、モノ消費よりコト消費(あるいはトキ消費)と、したり顔で語られる中で、まさに60分の濃密な体験を売るリアル脱出ゲームは、その強固なエンタメ性と、非常に分かりやすいマネタイズモデルに支えられ、時代の寵児として急成長を遂げていきました。
リアル脱出ゲームの成功は、ただSCRAP社が発展したというだけではなく、体験型謎解きゲームというジャンルそのものの成立へと繋がります。この10年で、SCRAP社以外にも、本当に素晴らしい体験型謎解きゲームを作れる制作者が育ちました。
そして、その結果として、体験型謎解きゲームで育った体験型エンタメの制作者たちが、さらに踏み込んだ体験を作るために、謎解き以外の領域にも足を踏み出し、体験型エンタメの領域全体を豊かにし始めているというのが、ここ数年の状況のように感じています。
例えば、SCRAPさんが制作した「歌舞伎町探偵セブン」は、新宿の実際の街中で、物語に即した非日常体験ができるという、まさにARG的な面白さの一部を切り取ったコンテンツでありました。すゞひ企画さんの体験型ミステリは、ゲーム的な処理を織り込むことで、リアリティを犠牲にしつつも、短時間で濃密な推理体験ができるような構成を生み出しています。演劇に双方向性を持ち込む挑戦は昔から行われていますが、近年、体験型謎解きゲームの知見を取り入れて工夫を凝らされたものも増えてきました。また、Tumbleweedさんをはじめとしたいくつかの尖った制作団体は、既存の謎解きイベントの枠組みから外れるイベントの制作に、意識的にトライし始めているようです。
この「ただただ、面白い体験型エンタテインメントを作ろう」とした結果として生まれる何かが、さらに他分野のエンタメ(やIP)とかけ合わさったとき、日本ならではの爆発力を持ったARG的なエンタテインメントが生まれるのではないかと、強く期待しています。
(実例として、2014年の「3D小説『bell』」も、ARGを知らずにただ面白いコンテンツを作ろうとしていた小説家に、謎解きの制作者が加わり、ついでに根っからのARG制作者の私も加わってのかけ算の結果、日本独自でかつ非常に没入度の高いコンテンツを生み出すことができたと自負しています)
現在もファミリー層を取り込みながら拡大し続けている体験型謎解きイベントや、根強い人気を誇るポケモンGOなどの位置情報ゲーム、そして、新たに流行の兆しを見せるイマーシブシアターを見ても、体験型エンタテインメントへのニーズの強さのトレンドは継続しているようです。新しい体験型エンタメが生み出されれば、爆発的に流行しうる土壌は存在しています。
その日本ならではの新しい体験型エンタメへの期待感を反映して、ARG情報局も、2013年〜2018年の停滞期を抜けて、2019年からは再び定期的に記事を掲載するようになりました。(現メインライターの石川さんのお力によるものです)
2000年代にインターネットが日常化したことで、そこを媒介として現実にフィクションを注入することが可能となり、ARGは始まりました。
2010年代には、スマートフォンでさらに日常をフィクションが浸食する土台が整ってきました。
そして、5Gが来て、ますます街中にデジタルが融け込んでいく2020年代がやってきます。
作り手と環境がともに揃ったこれからの10年。そこで生まれるエンタメは、ARGと呼ばれるものなのか、トランスメディアストーリーテリングと呼ばれるのか、はたまた、もっと違う名前なのかはわかりませんが、ARG情報局で書き切れないほど、新しい体験型エンタテインメントで満ちあふれた10年になることを確信しています。
この驚きに満ちた世界を、しゃぶり尽くしましょう!
追伸1
もう少し丁寧な、ここ20年くらいの体験型エンタテインメントの振り返りは、「平成の体験型エンタメを振り返る」ツイートまとめ で行っていますので、よろしければ、そちらもご参照くださいませ。
追伸2
もしも最近休止中の SIG-ARG のセミナーを復活させてほしい!という声がありましたら、ぜひ Twitter などで声を上げていただければ幸いです。やる気あふれる皆さまのご協力を心よりお待ちしております。
(文章:@epi_x)
【関連リンク】
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