2012年7月18日

体験型エンタテインメントの要素と「ARG」の定義


SIG-ARG および ARG 情報局では、ARG を含む体験型エンタテインメントを、上図のような複合的な要素により成り立っていると考え、今後はこの観点を踏まえた上で体験型エンタテインメントの分析・評価を行います。

体験型エンタテインメントは非常に幅広い娯楽であり、なんでもその中に包含できてしまうが故に、個々の企画の違いや特徴が分かりにくいという問題があります。様々な企画の多様な面白さの要素を言語化し、また、より分かりやすく可視化する試みと考えていただければ幸いです。

この記事では、最初に要素図の解説をした後に、様々な体験型エンタテインメントがこの図上でどのように位置づけられるのかの例を挙げ、最後に ARG 情報局における「ARG」を定義します。


要素図の解説


もうすこし分かりやすくするために、個々の手法を図の対応する位置に書き入れたものが下図となります。


図にある大きな5つのサークルは、もっとも抽象的な「楽しさの属性」を表します。その中にある11個の四角は、独立して突き詰めていくことの可能な「楽しさの要素」を表します。そして、一番小さい黄色い丸は、個々の「手法」を表します。

5大属性

体験型エンタテインメントを特徴付けるもっとも大きな属性は「非日常体験」です。日常から離れ、特別な体験をすることによる娯楽。全てに共通するこの属性を大きく中央に置きました。

そして、「非日常体験」を取り巻く「物語」「リアリティ」「挑戦」「仲間たち」の4つの属性は、相互に絡み合いながら、体験型エンタテインメントの多様な楽しみを生み出しています。もう少し具体的な要素に落とし込みながら説明して行きましょう。

センス・オブ・ワンダー

「センス・オブ・ワンダー」は、SFの定義や、自然への畏敬など、様々な文脈で使われますが、ここでは「理屈じゃなく非日常を体感すること」という意味で使います。

空を見上げたら雲で電話番号が描かれていた、というのもそうですし、あるいはセミナー会場に突然刑事が踏み込んでくるというのもそうでしょう。また、夜の廃病院など、空間の雰囲気自体が非日常的であるというのも含まれます。

参加者の気持ちを一発で掴み、非日常へ導ければ、鮮烈な体験を残すことが可能となります。

知的挑戦

「挑戦」の属性を最も強く持つのが「知的挑戦」要素です。自分の頭を使って難題を解き、試練に打ち勝つという体験は、達成感という快感をもたらします。

身体的挑戦

「知的挑戦」と対を為すのが「身体的挑戦」です。身体を動かした結果、報酬が得られるというサイクルは「知的挑戦」と同様ですが、身体を動かすこと自体に爽快感が伴います。

また、「挑戦」の度合いが低かったとしても、「仲間たち」と一緒に身体を動かして何かを成し遂げるという形になることで、高い達成感をもたらせる要素でもあります。

お祭り騒ぎ

「仲間たち」と過ごす「非日常体験」が「お祭り騒ぎ」です。民俗学の「ハレとケ」でいうハレの状態です。

実際に参加者が一つの場に集まって盛り上がるケースもありますが、ネット上で何かの話題で騒然となる「祭り」も含みます。

日常からの解放・より大きな存在(集団)への一体感などを含む、特別な体験ということができるでしょう。

共演感覚

「仲間たち」と架空の「リアリティ」を共有する感覚が「共演感覚」です。共犯感覚と呼んでもいいでしょう。

一般の人たちが知らないルールを自分たちだけは共有しているという密やかな楽しみ。あるいは、自分が演じている役を仲間も認めてくれる事による、日常からの逸脱。ここだけ突き詰めると、「秘密結社」や「なりきりチャット」などに向かいます。

完全にバーチャルリアリティに行ってしまうと MMORPG などの仮想空間コミュニティになってしまいますが、現実と微妙に重なったところにこの非日常的なソーシャル空間が生まれることに独特の楽しみがあります。

なお、一人で遊ぶタイプであっても、運営側のNPC(プレイヤーではない登場人物)が仲間と同じ役割を果たす場合は、共演感覚が成立し得ます。

触れる空想世界 / 色づく日常世界

「触(さわ)れる空想世界」は、ゲーム上の空想の世界が「リアリティ」をもって存在していることと、本物の世界と同じように干渉すると反応がかえってくることによるインタラクション体験の楽しさを表しています。架空世界の商店のWebサイトが存在して、そこに書かれた番号に電話すると繋がったり、NPC にメールをすると返事が返ってきたり、といったものです。

一方、「色づく日常世界」は、普段生活する現実世界の中にゲームの世界(ルール)が注入されることで、日常生活で接するものが違った視点で見えてくる新鮮な体験を表しています。例えば、自動販売機がゲーム世界との接点となれば、それは背景の1オブジェクトから、見つけると嬉しいものに変わり、街を歩くだけで宝探しになります。

この「触れる空想世界」と「色づく日常世界」は、日常世界と空想世界がどのように混ざるかを示すもので、表裏の関係にあり、しばしば切り離しにくい事例もあります。しかし、個別に突き詰めていくことも可能なため、項目は分けました。

物語体験

「物語」を自分視点で体験することが「物語体験」です。主人公は自分自身であり、出来事は自分の身へ降りかかってきます。

物語は本やテレビから来るのではなく、日常的に情報を得るために使っている Web やメール・電話・新聞などのメディアを通じて、あるいは生身で体験していくことが多いでしょう。しばしば、物語の行方も自分自身の手で左右することになります。

自らの体験として、生きた物語を紡ぎ出す。それが「物語体験」です。

物語的好奇心

「物語」の行く末に対する知的な興味を「物語的好奇心」と呼んでいます。誰が犯人なのか?が典型ですが、ミステリ以外でも様々な伏線を張り巡らせて物語的な興味を引き続けることは普通です。

この要素は体験型エンタテインメント特有のものでは決してありませんが、多くのARG事例において、謎めいた物語で物語的好奇心を強く刺激するように制作されます。これが、プレイヤーを動機付け、最後までプレイを続ける原動力の一つとなるのです。

代替現実感

「代替現実感」は、「物語体験」や「触れる空想世界」「共演感覚」を複合した先に現れる、物語世界が現実世界と重なる感覚です。

現実と重なった物語世界で、仲間たちと共に、自分だけの物語を体験していく中で、(作り物と分かってはいても、あるいは分かっているからこそ)架空の出来事を現実と同じように脳が処理しようとする不思議な感覚を得ます。この「代替現実感」は、他の娯楽ではなかなか作り出せない特徴的な楽しみであり、ARGの熱心なファンが生まれる理由でもあります。

この要素を突き詰めると、作り物と見えるものをできる限り排除する「TINAG (This Is Not A Game) 原則」を重視する「本格ARG」となります。なお、行き過ぎると実験芸術的な側面を持ち始め、参加者に楽しみではなく不安を与えかねないようになりますので、凝り過ぎには注意が必要です。

Epic Win

「Epic Win」は和訳すると「偉大なる勝利」となるでしょうか。当初は達成できるとは思えなかったことが、長い苦難の果てに、ついに自分の手で達成できたときの爆発的な喜び・成功体験のことです。

ジェイン・マクゴニガルが著書 "Reality is Broken" や講演で、ゲームが世界を変える原動力として重視しているものです。ゲームでは、段階的な目標設定や、頻繁なフィードバック、集団への貢献する仕組み作りなどを通じて、皆が成長できるように設計されています。そして、その積み重ねに対する最大のフィードバックとして、Epic Win という形で強烈な成功体験を実感できるようになっているのです。

体験型エンタテインメントにおいては、仲間との「お祭り騒ぎ」の中、「知的挑戦」「身体的挑戦」を何度も繰り返した後に、最後の目標を達成するという形で「Epic Win」が訪れます。それは、強烈な体験として記憶に残ることになります。例えば、脱出ゲームで脱出できた、といった体験が相当します。

「代替現実感」という体験型独特のコンテンツに対して「Epic Win」というゴールが組み合わさることでゲームとして完成する、という意味で、この二つは相補的な側面を持っています。

各種体験型エンタテインメントの分析

体験型謎解きゲーム



体験型謎解きゲームは「知的挑戦」の深い深い探求がコアとなります。図上では広がりこそ狭いですが、「知的挑戦」のディープさは他の追従を許しません。また、一人ではなくて皆で一緒にプレイすることが楽しみを増しており、チームの仲間と最後まで解けたときの喜びは格別です。

国内のこのジャンルは、SCRAPさんの「リアル脱出ゲーム」とそのフォロワーが中心となって盛り上げてきたため、どうしてもイベントの傾向が偏っていましたが、最近になってジャンルの成熟と共に、新しい試みを行う企画者が増えてきています。物語を重視する方向や、みんなで楽しむという体験を重視する方向などが多いようです。

参加型本格推理



参加型本格推理イベントは、「物語的好奇心」と「知的挑戦」の要素を併せ持つ、「犯人を自分の手で推理する」という体験がコアとなります。また、役者さんによる芝居も重要な要素となりますので、「物語体験」も強く含みます。

25年の歴史を持っているE-Pin企画さんの「ミステリーナイト」を中心としてジャンル形成されていますが、E-Pin企画さん自身も含め、この分野では、観劇スタイルから体験スタイルへの新しい挑戦が増えてきています。冬の山荘に閉じ込められたり、新興宗教的な会員制通販イベントに潜入したりと、ミステリ的な空間に入っていくという流れがあるようです。

宝探し



宝探しイベントは、宝の謎を解く「知的挑戦」と、実際に歩き回って探す「身体的挑戦」の両者をコアとしています。また、賞金目指して大人数で同時に探す大規模宝探しイベントにおいては、みんなでワイワイ探す「お祭り騒ぎ」という要素も大きいでしょう。そして、普段生活している空間が、宝の隠し場所に変貌しますので「色づく日常世界」の要素もあります。

この分野は、Rush Japan さんの「タカラッシュ!」の関連企画を中心にジャンル形成されています。参加費無料の誘客用企画が多いためミニマムな形での実施も多いのですが、タカラッシュ!さんの試みとしては、物語性を強めた企画なども実験しているようです。

PBM



あまり実施例は多くないのですが、特徴的な図として PBM (Play By Mail; メイルゲーム) も紹介します。PBM は自分の分身となるキャラクターの行動予定を手紙に書いて送ると、その結果が小説の形で返信されてくるというゲームで、1年程度の期間で実施されます。

コアとなるのは「物語体験」です。厳密には自分自身が体験するわけではありませんが、自分に送られてくる小説だけでは同時期に起こったことの全容が分からないことなども含め、擬似的な主観体験になっています。また、行動の自由度の高さから「触れる現実世界」の要素が、他のプレイヤーとの協調行動の重要性から「共演感覚」の要素があります。さらに、「物語的好奇心」と「知的挑戦」の両方の要素を持つ「物語の展開をコントロールする」という体験がもう一つのコアです。そして、1年間かけて、他のプレイヤーと協力しながら、物語の結末を自分たちの臨む形に導いていけたときに、「Epic Win」を味わうことになります。

PBM は、1ターンが1ヶ月くらいかかるという点から、リアルタイム性の非常に低い娯楽です。また、小説形式で結果がかえってくるという点で、リアリティも薄くなります。しかし、大人数で同じ空想世界の物語体験をし、「Epic Win」を得られる娯楽でもあります。イベント公演型の体験型エンタテインメントと対比すると興味深い対象です。

なお、もう商業 PBM を実施する会社はほとんど残っていませんが、エルスウェアさんが2012年夏から新作 PBM 「ゴースト・ダンス・ダンス・ダンス〜偉人はいかにして幽霊になりしか〜」を開始予定です。

テーマパーク



もう一つ、独特な図として、テーマパークも見てみましょう。夢の世界にすっぽりと入り込むテーマパークは「触れる空想世界」の一つの形と考えることができます。「空想世界体験」と言ってもいいでしょう。そこには、ジェットコースターやお化け屋敷など、非日常的な体験ができる「センス・オブ・ワンダー」が満ちあふれています。また、パレードに象徴されるように、家族や友人と楽しむ「お祭り」でもあります。

従来、テーマパークは空間を楽しんでもらうものとしてデザインされており、明確な方向性を持って園内を行動してもらうような展開は行ってきませんでした。しかし、近年ではタカラッシュ!さんのテーマパークとのタイアップ企画や、伊豆シャボテン公園の伊豆シャボテン特捜隊のように、物語による回遊の動機付けや、謎解きによる達成感などを加えて、テーマパークで過ごす体験をさらに楽しくしようという試みも行われています。

各要素がプレイヤーの興味を引けるタイムスケール



体験型エンタテインメントの面白さの要素の図では、さまざまな要素を同列に並べましたが、実際にはそれぞれの要素は特徴に様々な違いがあります。実用上特に大きな違いは、それがどのくらいのタイムスケールの面白さなのか、でしょう。

上図は体験型エンタテインメントの面白さの各要素が、1つのネタでどのくらいの期間プレイヤーの興味を引き続けられるのかを示した図です。だいたいの傾向として見ていただければ幸いです。

基本的に、瞬発力を使う難しいパズル問題はそれほど長続きはしません。集団で考えないと解けない本当に難しい謎でも数日程度が限度でしょう。これらをさらに長く保たせようと思ったら、時間をおいて次々に出題するとか、徐々にヒントを出すといった形にしないといけませんが、それでも20問程度で限界に到達します。

一方で、物語的な好奇心はもっと長続きします。これは、いろいろな解釈があり得るため、参加者間での議論で間が持つということが大きな要因です。作り方次第ですが、本格推理で最短1晩。大量の伏線を張り巡らされた物語の謎で最長1年くらいは保たせることが可能です。実際には、段階的に物語の謎が解かれていくような形を取ることが普通でしょう。

一番プレイヤーを長く引き留めておける可能性があるのは、コミュニティやコミュニケーションなど社交的な要素です。NPC とのコミュニケーションは、長期間の間、興味を継続させることができるでしょう。また、ミッションを定期的に投入し、しっかりしたコミュニティを作れば、コミュニティの存在そのものがプレイヤーを楽しませる体験となります。

企画の実施期間と、こうした特徴をよく考慮に入れながら、企画内容は吟味していく必要があります。

ARG情報局における「ARG(代替現実ゲーム)」の定義



典型的な ARG の代表的事例である "Why So Serious?" の事例紹介を見ていただければ分かるとおり、ARG はこれらの要素を全て包含しています。その中で、特に ARG を ARG たらしめているのは「代替現実感」です。

今後、SIG-ARG および ARG 情報局では、「代替現実感」および、それを支える「物語体験」「触れる空想世界」「共演感覚」に重点を置いている体験型エンタテインメントを「ARG」と呼ぶことにします。

また、特に「代替現実感」を特別に大事にしている(TINAG原則へのこだわりが一つの指標となります)企画を「本格ARG」と呼びます。

そして、「非日常体験」を提供する娯楽全般を「体験型エンタテインメント」と総称します。

なお、これは SIG-ARG および ARG 情報局において、今後はこのような用語用法にすることを表明しているものであり、他の場所での用語用法に異議を唱えようという性質のものではありません。

おわりに


2009年9月にARG情報局を立ち上げた際に、私たちはARGの定義を狭く定めないことにしました。ARGは欧米での文脈がすでに存在しており、そこから定義してしまうことも可能でしたが、日本で受容されていく際の変化の可能性を狭めたくなかったため、あえて決めないことに決めたのです。

それから3年。ARGを含む体験型エンタテインメントは日本において独特の発展を続けています。それは、リアル脱出ゲームを中心とする体験型謎解きゲームの急成長に大きく引っ張られる形で進展し、現在は毎週末何らかの体験型謎解きイベントが複数開催されているという状況にまでなっています。

これだけの熱量をもった新しい娯楽分野が、この短期間で生み出されたことはとても素晴らしいことです。そして、ある種の均質的な傾向を持っていたこれらの体験型謎解きイベント群が、ジャンルの成熟に伴って、新しい方向性を模索しているのが現状だと分析しています。

この現状を鑑み、ARG の定義をハッキリ提案しても揺らぐものはないだろうと判断し、今回、ARG を含む体験型エンタテインメントの持つ広い可能性を改めて整理してご紹介しました。

今回ご提案した要素図が、体験型エンタテインメントの制作者とプレイヤー双方にとっての地図となること、そしてこの図を超越した新しい魅力が次々と生み出されていくことを願っています。


(更新履歴)
  • テーマパークを追加しました。

2 件のコメント:

  1. 私が主に好きな、参加型アトラクションは概ね「触れる仮想世界」かな。でも、一部には挑戦(シューティングライド)もあり、協力(ギャラクシアン3)もありますね。
     テーマパークのアトラクションは仕掛けが自動化されているだけで、根本のところは「体験型エンタテイメント」とほぼ一緒なのかもしれませんね。

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  2. 確かに、今回の定義では、テーマパークも体験型エンタテインメントの一つとなりますので、テーマパークの図を追記してみました。
    来場者に目的意識を与えることが少なかったテーマパークが、物語と挑戦を加えて、体験型娯楽として新しい試みを行っていることも興味深いですね。

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