諸データ
- 期間
- 2007年3月〜2008年7月
- 参加者人数
- 1000万人〜(ユニークユーザ)
- 参加者国数
- 75ヶ国
- ゲーム媒体
- 約40サイト上の数百のWebページ・Webゲーム・携帯電話・印刷物・電子メール・ライブイベント・ビデオ・グッズ類など
- Comic-Conイベントの参加者数
- 現地250人〜 / オンライン65万人〜
- Comic-Conイベントの報酬のトレイラーDL数
- 200万DL〜
- 選挙ミッションのメール数
- 10万通〜
- 選挙ミッションの動画・写真投稿数
- 1万〜
- 選挙ミッションの PV
- 200万PV〜
- 選挙ミッションの電話回数
- 7万回
全体の構成
このARGは、映画「バットマン ビギンズ」から「ダークナイト」までの間のゴッサム・シティの出来事をリアルタイムでプレイヤーに体験してもらうことをテーマとして実施されました。
1年半という長期間に渡って実施されているように見えますが、実際にはこの期間内に何度か集中的にコンテンツを投下する山を作り、山と山の間はしばらく休むといったサイクルで回しています。
以下、主立った山について解説します。
2007年5月: 立ち上げ
2007年5月中旬に、映画の公式サイトの立ち上げタイミングに合わせて、一度ミッションを仕掛けます。ゴッサム市の地方検事補(当時)であるハービー・デントのサイトが公開され、続いてそれを嘲笑する悪役のジョーカーのサイトも発見されます。ここでメールアドレスを登録すると1件ごとに少しずつ絵が置き換わっていくというミッションが行われ、数時間で10万弱が置き換わりきったとのことです。
ミッションをクリアすると、12月に逢いましょうという謎のメッセージを残し、いったん中断します。ここでは、ハービー・デントとジョーカーが対立していること、そしてハービー・デントの写真が置き換わっていく不気味な感触の提示が行われたことになります。
2007年7月: Comic-Con ライブイベント
2007年7月に開催された北米最大のポップカルチャーの祭典 Comic-Con の2日目に、数時間のライブイベントが行われました。会場で釣り銭として渡された1ドル札の中に、肖像に落書きされたように見えるシールが貼られたものが混ざっており、そこから発見されたサイトでは、ジョーカーからの求人広告と、GPS座標、そして2日目朝10時へのカウントダウンが行われていました。
ライブイベントの詳細は省きますが、指定された場所に集まった現地プレイヤーと、Web上のプレイヤーとが協力しながら進めていく2時間程度のトレジャーハント形式のゲームでした。課題をこなす度に次々とWeb上で提示される指示を現地に伝えつつ、Web上でも簡単な謎解きゲームをクリアするというもの。
定刻に表示された Web 上の最初の指示は、現地参加者に空を見ろと伝えろ。それを聞いた参加者が空を見上げると、飛行機が電話番号を描いており、そこからゲームが始まったのでした。
他のミッション例としては、どこそこにいるゴッサムガールガイドからクッキーを万引きするように、という指示が Web 上で表示されるので、それを伝えられた現地参加者がクッキーの箱に群がる、といったことが繰り広げられました。(現地写真はこちらのブログからの引用)
ゴールまで辿り着くと、現地参加者はジョーカーからのメッセージと道化師の仮面をお土産にもらえ、Web上の参加者は映画の最初のトレイラーを観ることができました。
イベントへの参加条件が顔を白塗りすることにすることだったことを始めとして、絵面的にインパクトがあるように演出されており、明らかに記録映像に話題性を持たせることを意識しています。実際に、現地で最終的に白塗りして参加したのは139名しかいませんが、Web上での参加者は65万人に上るなど、ネット上で大きく話題が広がったことが分かります。なお、Comic-Con の会期中は、当日の現地の記録映像を参照できるサイトが立っていたようで、あとから Web 上だけで現地の盛り上がりやミッションを追体験できたようです。
このイベントを起点として、ジョーカーが手下を募集するという一つのストーリーラインが始まります。このラインでは、ジョーカーが次々と課題を出すという形式になっているため、いかにもゲームっぽい、日本的な体験型謎解きイベントに近しいゲームが進んでいきます。
とはいえ、ARGの要である代替現実感を忘れたわけではありません。例えば、ゴッサム市警の内部文章として、怪しい一群(=参加者)が街で暴れ回っているという警告書が作られ、さらにはその中で参加者の写真を登場させていたりします。このようにして、プレイヤーの行動が作品世界に繋がっているような演出をしっかりと行っています。
2007年10月末〜11月: ハロウィンミッション
しばらく空いて、次のイベントは9月末のハロウィンをきっかけに始まりました。引き続き、ジョーカーの手下採用活動の一環として、全米49箇所の場所を指定する文章と、そこでの風景写真のごく一部の切り抜きがヒントとして提示され、参加者で手分けして現地の写真(それぞれアルファベット1文字になっていました)を撮ってアップロードするというミッションです。これがクリアされると、続いて白塗りした道化師の化粧で集合写真を撮れというミッションが始まりました。人数が多いほど目立ちやすいような仕組みになっており、良い写真に対してはグッズが送られてくるなどして、モチベーションを高めました。
このフェイズは、物語的なところはいったん置いておき、全米各地で周りを巻き込んで興味を持つ人を増やしていこうという施策だったのだと思われます。
最終的には、写真を投稿した人全員に、ゴッサムタイムズという架空の新聞の第1号が送られてきました。
※ここまでの展開についての詳細は http://togetter.com/li/319108 を参照してください。
2007年11月下旬〜12月: Phase1 ARG本格始動
ゴッサムタイムズの郵送を機に、欧米の典型的なARGらしい展開が始まります。具体的には、ゴッサムタイムズの記事や広告などから、ゴッサムシティの十数にも及ぶ Web サイトが短期間の間に次々と見つかっていき、一気に作品世界の生活を感じる情報が溢れ出します。ここからは、各サイトの断片的な情報を拾い集めると、ゴッサムシティで起こっている事件の顛末が読み解けていく、という進み方をしていきます(考古学的リーディングと呼ばれるARGの特徴的なストーリー表現手法です)。そうして少しずつ明らかになっていく警察内部の腐敗との戦いが、このARGのもう一つの軸となります。
このフェイズでは、それぞれのWebサイトに載っているメールアドレスや電話番号、検索フォームやログイン画面など、様々なものを活用して、次々と断片的な情報を手に入れます。一例を挙げましょう。
- タクシー会社のWebサイトに載っている電話番号に掛けると留守番電話が応答する。メッセージを残すか、暗証番号を入力するようにと言われる。
- Webサイトを巡って情報をつきあわせていくと、タクシー会社の創業者が、現役の警察官であり、ギャング絡みの事件で怪しい振る舞いをしていたことが分かる。
- ハービー・デント地方検事補(当時)の肝いりでオープンした警官汚職告発サイトで、その警官への告発を投稿すると、メールで返信が来る。情報提供の感謝と現在の調査状況などの情報の中に、警官のバッジ番号が書かれている。
- タクシー会社の留守番電話にバッジ番号を試しに入れてみると、認証が通り、留守電に溜まっているメッセージを聴くことが出来る。
- ストーリーの進展に伴い、留守電に吹き込まれているメッセージが変わっていき、新しいサイトの発見など、次の展開に繋がっていく……
一方で、ジョーカーの手下採用活動も並行して行われています。こちらは相変わらずジョーカーが出題したパズルを解いたり、ミッションをクリアしたりとなりますが、"Why So Serious?" の中でも特に有名なミッションが行われたのがこのタイミングです。
ジョーカーから与えられた課題をクリアしていくと、全米のベーカリーの住所が22個提示され、そこに行って合い言葉を伝えるとケーキの箱を渡されました。蓋を開けてみると、ケーキにはアイシングで電話番号と「今すぐ電話して!」という文字が。
電話してみると、ケーキの中から着信音が聞こえてきます。驚き、慌ててケーキを切り分けると、中からビニール袋に包まれた本物のNokiaの携帯電話が出てきたのでした(参考: ケーキ開封動画)。以降、この携帯電話(おいおい数は増えます)にジョーカーからの指示が届くようになります。なお、ダークナイトはNokiaとタイアップしており、ミッション経由以外に、著名人や著名ブロガーの所へもこの携帯電話入りケーキは送られて、話題づくりをしていたようです。
一方で、オンラインでの参加者は全米5カ所で公開されたプロローグ編の試写イベントへの申込サイトに辿り着きました。
この本編冒頭部分を切り出したプロローグ編では、ジョーカーが道化師のマスクを付けた手下たちを使い捨てながら銀行強盗を成功させ、大量のスクールバスに 紛れて逃走するシーンが上映されましたが、そのスクールバスはまさにプレイヤーがミッション内で銀行付近に誘導したものだったのでした。
一連の出来事を振り返ると、ジョーカーのミッションは、インパクトがあって口コミが広まりやすいような見え方を意識して作られていることがよくわかります。一方で、ゴッサムタイムズから深掘りしていった先は、代替現実感の高い、本当にゴッサムシティという街がアメリカにあって、その暗部をハッキングしながら調べていくような感覚を与えるコンテンツとなっています。
このように、誰にでも分かりやすく興味を引く間口の広さと、世界観へどっぷり浸かれる深さとを両輪として、今後の展開も続いていきます。
※ここまでの展開についての詳細は http://togetter.com/li/324255 を参照してください。
2008年3月〜4月: Phase2 ハービー・デント選挙キャンペーン
しばらく間が空き、翌3月に再開されます。"Why So Serious?" の一つの山場であるハービー・デント選挙キャンペーンの開始です。6月に行われるゴッサム市の選挙で、ハービー・デントを地方検事にしよう、というミッションで、Ibelieveinharveydent.com を中心として展開されました。Web サイトに登録すると、ハービー・デントから応援を求める電話がかかってきたり、選挙運動用のグッズが送られてきたりと、本物の選挙運動のように盛り上げます。
全米各都市を Dentmobile と称する選挙カーが廻り、そこで各地の参加者を集めて、グッズを配った上で、選挙運動の様子を撮影しました。また、選挙キャンペーンサイトでは個人からの写真や動画の投稿も受け付けて公開していました。このキャンペーンは非常に盛り上がり、メール登録者数は10万以上、写真や動画は1万以上の投稿がありました。この選挙キャンペーンで参加者は女性を中心に38%増え、制作者も手応えを感じたとのことでした。
写真や動画を投稿した人には、ゴッサム市役所からの封筒が届き、中には一人一人に割り当てられたゴッサム市での住所や選挙区番号、そして電子投票用のコードが印刷されたリアルな投票者登録カードが届きました。これを使って6月に実際に電子投票も実施されています。
さて、選挙キャンペーンの様子を投稿するミッションの終了する3月末のタイミングで、ゴッサムタイムズの第2号が発行され、投稿者の元に届きます。ここから、ディープな方の展開がまた始まります。
ここからは、ハービー・デントに対するネガティブキャンペーンの裏を暴くという流れと、いつものジョーカーの手下採用ミッションとが並行し、時に混ざりながら進行していきます。
選挙キャンペーンに登録していた人の元にハービー・デントから電話がかかってきます。何ものかが個人を装って中傷攻撃を仕掛けてきているので、彼らの正体を暴く手伝いをしてほしい、というもの。調べていくと、何人もの警官たちがハービー・デントは信用できないと証言しているサイトが発見されます。さらにはプレイヤーの元にハービー・デントの顔が焼かれたピンバッチまで届いたりも(ファン向けにはTwo-Faceの暗示でもあります)。
様々なWebページや、警察の内部文章、果ては教会で検索できる結婚証明書や洗礼記録まで活用しながら断片的な情報をつなぎ合わせていくと、中心人物の背後関係が見えてくると同時に、ハービー・デントに不正を強要されたと証言しているフランクという警官に後ろ暗い過去があることが判明していきます。
中心人物の留守電に侵入して新着のメッセージをチェックしたり、警察のサーバに侵入して内部監査をしている警官のメールを覗き見たりしていると、今回のネガティブキャンペーンで目立ってしまったフランクに、内部監査の目が向き、少しずつ追い詰められていく様子をリアルタイムで知ることができます。
そして4月13日、自暴自棄になったフランクが人質立てこもり事件を起こし、それを颯爽と登場したハービー・デントが解決する様子の音声中継が行われ、1つのゴールとなりました(音声のコピーはこちらで聴けます)。この事件をきっかけに、ハービー・デントを中傷していた勢力は一気に劣勢となります。
さて、この流れと並行して、ジョーカーの手下募集ミッションも行われていました。今度はロンドン・パリ・香港・サンパウロとアメリカ国外も含む26箇所のボウリング場での回収ミッションです。ボウリングの球のバッグの中に、また携帯電話が入っていました。
26箇所の回収が終わると、今度は警備会社のサイトに侵入して警報装置を解除するというミッションをジョーカーから指示されます。言われるままに、警備会社のサイトのログイン画面で名前・電話番号・メールアドレスを入力すると、すぐに電話がかかってきました。オペレータがパスワードを聞くので、ジョーカーに教わったパスワードを回答するわけですが、突然相手が男性に替わります。「私はゴッサム市警重大犯罪捜査班(MCU)のジム・ゴードン。我々は君の名前も電話番号もIPアドレスも把握した。つまりは、we have you」まんまと警察の罠にかかったわけです。
ゲームとはいえ、プレイヤーはかなりドッキリしたことでしょう。ARGはただでさえ現実との境が曖昧なので、こうしたプレイヤー自身の身の危険を感じさせるような演出は一般的には避けるべきなのですが、ここまで付いてきているプレイヤーを信じているのか、ゴードンから何度か「臭い飯は食いたくないだろう? 我々に協力したまえ」的な脅迫メールがプレイヤーに届くことになります。
そうしてゴードンに脅されたプレイヤーたちに課されたミッションは、ハービー・デントのネガティブキャンペーンに関わった警官30名の国外逃亡を阻止するというもの。発送担当者を電話で騙して、逃亡用の偽造IDなどの荷物を横取りすることで、お役ご免になったのですが、送られてきた荷物の中になぜかジョーカーの携帯電話が。そこへ「全ては計画通り」というジョーカーのメッセージが届いたのでした。
さて、そうしてまたジョーカーのミッションに戻っていくことになります。今度は4月28日の米国10都市+ロンドン・サンパウロでのライブイベントです。現地のGPS座標と300人集めろとの予告が出た後に、それぞれの都市で現地とオンライン上の協力で3ステップ程度のミッションを行い、最終的には現地組は劇場に誘導されてダークナイトの新しいトレイラーを観たのでした。一方、オンライン組はさらに幾つかのパズルを解いた後にトレイラーのダウンロードページに到達。
現地組はさらに抽選で各都市1名にトレイラーのフィルムリールが当たったのですが、中をよく見てみると上映された物にはなかったジョーカーの落書きが全シーンに渡り書き込まれていました。かくして、各都市でプレイヤーによる自主的な上映会が開かれ、さらにその様子が Web 上に拡散したわけです。ただの試写イベントで終わらせず、+αの仕掛けをしていくところがにくいですね。
※ここまでの展開についての詳細は http://togetter.com/li/325849 を参照してください。
2008年6月〜7月: Phase3 ラストスパート
1ヶ月空いて、6月9日。ゴッサム市選挙の電子投票開始と同時に各種サイトの更新が一斉に再開されます。ここから劇場公開の7月中旬まで、公開直前の各種タイアップ企画とも連動しながら、ARGのラストスパートが始まります。もっとも大きいのが Gotham Cable News (GCN) の始動でしょう。これは北米の大手ケーブルテレビ会社 Comcast とタイアップして作られた架空のケーブルテレビ局で、8分ほどのニュース番組 Gotham Tonight が6本作られました。だいたい週1回ほどのペースで Comcast On Demand で配信され、数日遅れで GCN のサイト上でも公開されました。まとめサイトにてアーカイブされています。 また、GCN のサイトでは、テキストのニュースも配信されました。
また、ドミノピザとのタイアップで Gotham City Pizzeria というビザ屋のサイトが作られ、全米で無料ピザのキャンペーンも行われました。全米各都市で順番に枚数限定でピザが無料になるというもので、計245枚が提供されました。通常はキャンペーンの特製BOXに入ったピザが届くだけだったのですが、幾つかの都市ではバットマンのマスクなどのグッズと、ARG内の情報付きで配られた物もあります。
ARGの展開としては、バットマンを応援する市民団体 Citizens for Batman (CFB) を中心に回っていきます。遵法精神のないバットマンは取り締まるべきだという論調が大きくなっていく中で、力による自衛を体現するバットマンを熱烈に応援する市民団体の活動が活発になります。ディープなストーリーラインは、ゴッサムタイムズ第3号に加え、GCN が提供するニュースと、ピザのヒント経由で入れるようになる CFB の裏掲示板などを中心に進行していき、CFB の一部のコアメンバーが、さらに自警団的な色合いを高める方向に向かうのですが、慢心がきっかけで、正義の警官が事件の犠牲になってしまう、というところで終わりとなります。
ただ、この時期は、派手で目立つ間口が広いイベントの方が主役です。GCN に居る CFB のメンバーが「貴方が目撃したバットマンの写真や動画を送って(=コスプレしてね)」という企画を行い、投稿の素晴らしさに応じた CFB グッズがプレゼントされました。また、CFB のオフ会的な位置づけでニューヨークとシカゴでのライブイベントも行われ、ニュースにもなっています。このイベントでは、高層ビルの壁にバットマンのシンボルを映し出すということが行われました。
そして、ジョーカーの人材募集も引き続き行われています。ジョーカーの携帯電話に送られてきたメッセージに書かれたミッションを達成すると、Web 上でみんなでできる次のパズルの URL が分かる、といった構成でジョーカーからのミッションは行われていき、ディープなストーリーラインで使うヒントや、映画の新しいポスター画像などがご褒美としてもらえました。
7月7日、ジョーカーから出された最後のパズルをこれまで出てきた情報を組み合わせて解くと、プレイヤーは時を刻む時限爆弾のページに辿り着きます。そしてカウントが0となった7月10日、爆弾から HAHAHA という真っ赤な文字があふれ出したかと思うと、ゲーム内の全てのサイトがジョーカー化(Jokerized)してしまったのでした。今でも幾つかのサイトはジョーカー化したままで公開されています(例: GCN, ゴッサム市警)。
長期間親しんできたサイトの惨状に心を痛めつつも、プレイヤーは最後のミッションに取り組みます。ジョーカー化したサイトに紛れ込んでいるパズルのピースを集め、並び替えると URL が判明。そこで、全米24都市での映画の無料試写会チケットを先着順で申し込むことができたのでした。
このように ARG "Why So Serious?" はジョーカーが全てを支配するという絶望感を振りまきながら終わりを迎えました。最後に、翌11日、電話番号を登録していたプレイヤーの元に電話がかかってきます。それはこれまでのゲームを振り返るような音声のマッシュアップでしたが、Gotham National Bank というキーワードとジョーカーの笑い声で終わります(音声データはこちらで聴けます)。そして、同日公開された最後の Gotham Tonight にて、ハービー・デントへのインタビューの中に、銀行強盗が逃亡中という臨時ニュースが割り込み、映画「ダークナイト」へと繋がっていくことになります。
※ここまでの展開についての詳細は http://togetter.com/li/326412 を参照してください。
まとめ
"Why So Serious?" は欧米型の典型的なARGの性質を備えていますが、特徴的な所も幾つかあります。
まず、既存の Web メディアを使っていないこと。ARG では、一般的なブログサービスや SNS、動画投稿サイト、掲示板なども活用しながら展開していくことが多いのですが、今作では Web メディアは基本的に全て自前で用意しています。これは、それを用意できるだけの予算があったということと、おそらくクライアントの意向もあったのだろうと思われますが、同時に、あまり生の「個人」と連絡が取れそうなシチュエーションを避けていたという側面もあります。
今回、多数の登場人物が出てきますが、その「個人」の情報は、ニュースや会社や組織のホームページという間接的な形で得られるものがメインであり、せいぜい、仕事の電子メールや仲間内の掲示板の書き込みをこっそり覗き見るか、留守番電話を盗み聴くかくらいでした。これらはいずれもプレイヤー一人一人と向き合わずに済む関係です。これが、例えば登場人物が twitter アカウントを持っていたとしたら、プレイヤーは何らかのメッセージを送るはずで、それに対して反応を示さないことにプレイヤーはいらだちを覚えるでしょう。プレイヤー人数が非常に多い中で、如何に「登場人物ひとり vs プレイヤー多数」という構図にならないようにするかに気を配っている様子が伺えます。
しかし、それだけでは、登場人物とのコミュニケーションに価値を見いだすコアなプレイヤーが離れてしまいますので、運営側の負担を限定できるようなシーンでは、登場人物とプレイヤーが交流する要素を何回か入れてはいます。例えば、警官と電子メールをやりとりしながら情報を聞き出す場面もありましたし、あるいは1日限定で店に電話を掛けて店員から話を聞くことができた時もありました(この時の会話は警察の盗聴記録として後日公開されました)。ただ、同種のARGに比べて、そうした人間味のある反応が返ってくるシーンが少なかったのは間違いありません。これはプレイヤー数が非常に多いARGを運営する際のジレンマといえそうです。
なお、公式に SNS や掲示板を利用しない場合、登場人物を登場させる運用コストは減りますが、プレイヤー間の繋がりを生むことが難しくなります。この案件では、幸いなことにスーパーヒーローファンという大きく熱心なコミュニティが存在していたため、そこにそのまま乗っかって回すことができました。具体的には SuperHeroHype というサイトのフォーラムにプレイヤーコミュニティが形成され、ARGのコアユーザの溜まり場である unforum が霞んで見えるほど、SHH! の The Dark Knight フォーラムは大きく盛り上がりました。(ちなみに、42 Entertainment は、この後に実施した「トロン:レガシー」の ARG "Flynn Lives" では、Facebook を活用し、バッジ(実績)システムと連動させています)
そして、もう一つの特徴として、多様なエンゲージメントを受け入れるために、性質の異なる仕掛けを並行して走らせていたことが挙げられます。深入りせずとも観るだけで楽しめるような投稿写真や動画を集める仕掛けは各フェイズで行われていました。また、少し物語に入ったところでは、ゴッサムタイムズやゴッサムトゥナイトなどの受動的なメディアを楽しむということもできました。そして、さらに深く踏み込んでいけば、記事になっているニュースの裏側を実際に調べていくことができたのです。その過程では、あたかもゴッサムシティが現実に存在しているかのような、映画の世界に入り込んだ感覚を味わうことができました。
一方、ジョーカーの手下採用イベントは、がらりと性質を変えて、謎解きゲームが好きな人たちへのアプローチです。ここではジョーカーフォンがもらえるというワクワクするご褒美に、チャレンジが好きな層が集まっていたことでしょう。ジョーカーがいろいろ無茶ぶりしてくるんだ、という形にすることで、試写会などの現実世界よりなイベントも物語世界とのギャップを感じさせることなく対処できているところもポイントです。
最後の特徴として、プレイヤーに達成感を感じさせずに終わっていることが挙げられます。典型的な ARG では、プレイヤー全員が協力して何か大きいことを成し遂げてハッピーエンドを迎えるというケースも多いのですが、今回は途中でハービー・デントの当選を成し遂げたとはいえ、最後はジョーカーが圧倒的な存在感を示したままで映画に続きます。これは暗いトーンの映画の世界へ続かないといけないプロモーションARGとしての制約もありますが、今回のARGのテーマが、犯罪都市ゴッサム・シティを体験してもらうというという所に置かれていたのが大きな理由でしょう。さまざまな正義と悪が交錯する街の市民としての生活を感じることができた時点で、ARG の目的は達成されたのでした。
ただ、その終わり方のためかは分かりませんが、劇場公開後も次のミッションが続くことを待っていたプレイヤーも多かったとのことです。物語世界を現実世界に重ねる ARG という手法において、どうやって綺麗に終わらせればいいのかも、難しい課題ですね。
42 Entertainment の制作者に対するインタビュー記事(英語)には、各フェイズをどのような意図でデザインしていったのかが率直に語られていますので、興味がありましたらぜひ一読してみて下さい。Nokia や Comcast、ドミノピザとも密に連携を取りながら、タイアップを ARG に取り込むことで、ゴッサムシティの世界を広げることに成功した様子が分かります。これは、ひとつひとつのプロモーションをストーリーで繋ぎ相乗効果を発揮するという、大規模プロモーションにおける ARG 活用のお手本といえるでしょう。
また、インタビューでは旧来のプロモーション手法と新奇なプロモーション手法の融合という側面も語られています。従来のマテリアルに参加型の味付けを加えるだけで、たちまち人々は熱心に調べ始め、それを共有しようとするようになります。例えば、今作の各フェイズを見てみると、トレイラーや試写会という旧来の宣伝素材を世に出すタイミングに合わせて、それに辿り着くまでをARGやライブイベントで盛り上げるという構成になっていることが分かります。旧来の手法に新しいユーザ参加型の手法を組み合わせることで、トレイラーの広まり方を加速させるなどのさまざまな効果を上げられるのが、ARG の持つ柔軟で強力なパワーなのです。
映画「ダークナイト」のプロモーション ARG "Why So Serious?" につきまして、ご理解いただけましたでしょうか。
さらなる詳細に興味が湧いてきた方は、フェイズごとにご紹介している togetter へのリンクをご覧いただくか、あるいは原情報である英語のまとめ Wiki やまとめサイトを参照してみてください。このページでご紹介している画像はこれらのサイトからの引用です。
間違いなどございましたら、@epi_x までご指摘いただければ幸いです。
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