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2011年1月28日

体験型エンタテインメント 2010年 総まとめ


(追記: 2012年版のまとめ記事も併せてご参照ください)

あけましておめでとうございます!(遅)

2010年は、日本において体験型エンタテインメントの幅が広がった1年となりました。昨年5月に発売された「デジタルゲームの教科書」では2010年頭までのARGの状況についてまとめていますが、その時点からの情報更新も意味も込めて、2010年の体験型エンタテインメントの状況をまとめてみようかと思います。

(この記事では、体験型エンタテインメントとして、参加者が能動的に解決を試みることを特徴とするものを挙げています。従来型のテーマパークは含みません)

※ なお、この記事をまとめるにあたりまして、「ARG、謎解きゲームな忘年会」で使用された天河磨月さんの資料も参考にさせていただきました。ご提供、ありがとうございました。こちらのイベントレポートも2010年のARG事情を良くまとめていますので、ご参照ください。

かなり長い記事になってしまいましたので、記事一覧では畳んでいます。それでは、2010年の総まとめをどうぞ。



ARG 制作者の増加


2010年の最も大きなトピックは、国内で ARG 制作を事業として行うと表明した会社・団体が次々と現れたことだったかもしれません。ここでは、ARGと銘打った企画を制作した実績がある/制作すると明言している団体を列挙するに止めます。(漏れがあった場合は、ご指摘ください)



ちなみに、ARG情報局のもう1人のライターである八重尾昌輝(@myaeo)氏も、2010年からフリーランスでARGの企画・制作をフルタイムで行うようになり、いくつかの企画に関わっているようです。

ゲーム制作・広告の両業界でARGに対する認知は広がりつつありますので、今年も引き続き、会社・フリーランス問わず、ARGの可能性に掛けて参入する制作者が増えてくることでしょう。


ジャンル別実施状況


ARG

2010年は、日本におけるARG元年(あるいはゼロ年)と呼んでもよい1年となりました。欧米における「The Beast」のような爆発的な立ち上がりこそありませんでしたが、ARG制作を表明する会社やグループがいくつも登場し、ARGとして行われる企画も次々と実施されています。日本におけるARG代表作が登場する前の、嵐の前の静けさ、といったところでしょうか。

実施例を見ていきましょう。年始には、早川書房のSFマガジン50周年記念アートブック「Sync Future」のプロモーションARGの第2弾として、「前田真宏監督が怒っているので助けて下さい。」が開催され、セカイカメラをツールとして活用してのミッションが行われました。実施後のレポートも公開されていますので、ご参照ください。

また、TBSもARGを取り入れたネットドラマ「マノスパイ」を制作しました。アイドルの裏の顔がスパイ、という設定の1話5分・全12話のコメディドラマは、単独の作品として楽しめるように作られています。これにぶら下がる形で、熱心なファンに対して、ブログ裏サイトでARGのミッションが提供されていました。ブログやドラマ内で提示されるヒントによって現実の店舗で特定の買い物をするとご褒美がもらえるという内容で、最終イベントでは、主人公役のアイドルが実際に登場したようです。プレイヤーの掲示板からも当時の様子が分かります。制作側から実施後のニュースリリースも出ていますが、成功だったとのこと。

また、11月〜12月にかけては、複数のARGプロモーションが連続して行われました。

化粧品メーカーの LUSH によるプロモーション「VIP TUCATUCA」は、まず、ラビットホール(導入部)として、好きな youtube 動画の URL へ vip- を付け足し、vip-youtube.com へアクセスすると、もともとの YouTube ページが崩れていってプロモーション用のblogが表示されるという仕掛けを提供し、twitter 上などで話題を集めました。その後、twitter で指示した場所で「密会」してカードを受け取るなどのミッションが行われ、FINAL STAGE は LUSH の新作フレグランスの発表会、という構成だったようです。

同時期に、ハンビットユビキタスエンターテインメントが運営する MORPG「HELLGATE」のプロモーションが、ARGと銘打たれて行われています。こちらは、悪魔召喚のアルバイトの募集ページが導入となり、ホラーテイストの動画の謎解きや、ゲーム世界内での探索など、オンライン上で全て完結するミッションで構成されていました。現在、ロンドン行きの航空券が当たるラストミッションが実施中です。

ドミノ・ピザとグーニーズの両25周年記念コラボ企画「21世紀新聞社」も、ARGとして企画されたプロモーションです。Webサイト上のパズルを解くとドミノ・ピザのクーポンがもらえる、というミッションをいくつかこなした後に、年末に行われた最終イベントでは、グーニーズの上映イベントと、現地での謎解きが行われたようです。なお、企画はデジタルハリウッド大学院のメディアコミュニケーションラボの協力で作られたとのこと。

また、1/22に公開された角川映画「嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん」のプロモーションARG「サイトの嘘には裏がある」は、公式サイトの裏サイトをベースに、原作者の電子年賀状がもらえる前半戦と、映画のグッズが当たる後半戦に分かれてのプロモーションでした。前半は問題文の断片を集めるミッションで構成されており、GPS座標から導いた実店舗や、雑誌の片隅、編集者のtwitterやニコニコ動画など、多様な場所から探してくる必要がありました。一方、後半は、前半のご褒美として贈られてきた電子年賀状が謎となっており、それを読み解くヒントが出演者や監督のインタビュー動画の中に怪しくちりばめられているというものでした。ARG自体はストーリー仕立てでこそありませんでしたが、謎解きのトランスメディア感では、昨年の日本のARGで一番だったのではないでしょうか。プロモーションは終了していますが、裏サイトと、プレイヤーの掲示板が残っていますので、気になる方はチェックしてみてください。

一方で、世界的に実施されているARGの流れからは、日本は取り残されている事が多いようです。そんな中、数少ない日本語ローカライズされていたリーボックのプロモーションARG「ルイス・ハミルトン:シークレットライフ」も、残念ながら日本では大きく盛り上がらずに終わってしまいました。

リアル脱出ゲーム

2010年、体験型エンタテインメントとして大きく躍進したものの一つが、SCRAPが企画する「リアル脱出ゲーム」でしょう。

初期のリアル脱出ゲームは、各回30名前後の参加者を会場に「閉じ込め」て、1時間の制限時間内に会場に散りばめられたナゾを解ければ、「脱出」成功となる、というイベントでした。2009年11月開催の「東京リアル脱出ゲーム vol.3 終わらない学級会からの脱出」では、それでも開催回数を増やし、計800名程度の参加者を受け入れていました。

それが、2010年1月に開催された「東京リアル脱出ゲーム vol.4 廃倉庫からの脱出」では、1公演の参加人数を増やして、各回80名程度、計2600名程度の参加者となりました。9月には、営業終了後のよみうりランドを舞台に「vol.6 夜の遊園地からの脱出」を開催し、各回1000名程度、計9800名。12月には神宮球場で「vol.7 あるスタジアムからの脱出」を開催。さらに、2011年には東京ドームでの開催が告知されています。

これだけの急成長を遂げた背景には、リアル脱出ゲームというコンテンツの持つ魅力があります。参加者にヒアリングすると、友人に誘われて参加するようになったという人が非常に多く、体験型エンタテインメントの「他人に話したくなる」「他人を誘いたくなる」という特徴を色濃く示しています。そして、その、他人を誘いたくなるイベントを、数ヶ月おきに定期的に開催し続けたことも、急成長の理由でしょう。

また、参加者コミュニティが拡がるに従って、リアル脱出ゲームに刺激を受けたナゾ解きゲームも企画されるようになりました。学園祭での数々の学生企画のほか、「ヘンタイからの脱出」「暗号解読ゲーム」「リアルクローズドサークルゲーム」など、まだ草の根的なイベントが多い状況ですが、制作者の層が増せば、新たな広がりを見せていく可能性があります。また、本家本元のSCRAP自体も、「謎解きリアルRPG ZEST御池 0時13分の奇跡」や「スパイ小作戦」など、脱出ゲームとは異なるイベントの企画も積極的に行っています。日本独自の体験型エンタテインメントの進化として、要注目の潮流です。

宝探し

2010年に躍進したもう一つの体験型エンタテインメントとして、Rush Japan 社の宝探し企画「タカラッシュ!」が挙げられるでしょう。宝の地図や小道具類を作り込み、誰もが憧れる「宝探し」を提供する企画です。2010年3月にサイト名称を「赤い鳥」から「タカラッシュ!」へと変更。4月に城ヶ島で「第1回タカラッシュ!GP」を開催しました。

タカラッシュ!GP」は、宝を最初に見つけたチームに賞金100万円、という非常に分かりやすいルールで、2010年に、大きく参加者を伸ばしました。第1回の城ヶ島では参加者710名でしたが、8月に開催されたハウステンボスでは参加者約9000名, 11月に開催されたお台場では参加者約10000名と、規模を急拡大させています。

お台場では、事前に別の宝探しをクリアしていた人だけに渡されたヒントが間違っていたなどのトラブルがあり、一部の賞金目的のマナーの悪い参加者への不満も合わさって、公式掲示板へ批判的な書き込みが相次いだこともありましたが、運営側が迅速に運営改善の約束を発表したことにより、すぐにおさまったようです。

その際の掲示板の書き込みを見ていると、単純な批判ではなく、イベントをよりよくしたいという前向きな提案の多さが目立ちました(例1例2)。賞金をかけると聞くと、イベントが荒れそうだという先入観を持ちがちですが、実際の参加者の参加動機としては、宝探しという体験を楽しみたいというところに大きな比重があるようです。

次回の「タカラッシュ!GP」は3月に宮崎のシーガイアでの開催を予定しています。また、参加者が有料で宝探しの手がかりキットを通販し、全国各地で好きな時に宝探しを楽しめる「サガッシュ!」など、「宝探し」を軸に多様な展開が行われています。今年、「宝探し」がどのようにしてさらに魅力的になっていくのか、要注目です。

なお、このジャンルでは、世界的には、GPS 座標をヒントに隠された宝(キャッシュ)を探す Geocaching がメジャーです。2010年は、日本での参加者やキャッシュの数も着実に増え、iPhone の Geocaching アプリが日本語化されるなどの進展はあるものの、未だ大きな普及期には入っていません。Geocaching には、環境保全と合わさった CITO イベントなどの活動もありますが、詳しくは Wikipedia での記述を参照してください。

また、日本での宝探しイベントとしては、SCRAP も「京都1000人の宝探し大会」を2008年から毎年開催しています。

ミステリー

一方で、安定した人気を保ちつつ、さらなる広がりを見せていたのが、事件の捜査と推理を実際に自分で行う、観客参加型ミステリーイベントです。

20年以上の歴史を持つイーピン企画の「ミステリーナイト」は、参加者がホテルに1泊しながら、(1)事件編の演劇を鑑賞 (2)証拠品や証言ビデオの調査 (3)推理結果を提出 (4)解決編と表彰式の鑑賞 を行う老舗の観客参加型ミステリーイベントです。各回400名程度で複数回の公演を東京・大阪・福岡で行いますので、ざっくりと3000人程度の参加者規模となります。参加費が3万円弱するイベントで、毎年これだけの規模で開催し続けられるのは、強固なファン層の存在によるものです。20年以上も続いているため、親子3代での参加者も珍しくありません。例年、夏に新作の公演がありますが、近年は、さらに正月に再演も行っています。

観客参加型ミステリーイベントとしては、ゴールデンウィークに東京で開催されている「ミッドナイトサスペンス」も定番です。こちらは、1回の参加者が200名程度で、参加者の中に役者が紛れ込んでいることが特徴です。ホテルでのディナーの最中に事件が起こり、参加者同士のアリバイを確認しあいながら調査を進めていきます。直前まで一緒に捜査していた隣の席のお兄さんが、突然すくっと立ち上がり、朗々と演技を始めるのが醍醐味です。

さらにもう一歩踏み込んで、役者が参加者と行動を共にし、自由に聞き込みを行うこともできるというスタイルのイベントも行われるようになってきました。秋田で昨年3年ぶりに開催された「サスペクツ」は、40名弱の参加者が宿に一泊する間に、事件に巻き込まれ、探偵や容疑者と自由に会話しながら推理を進めていくイベントです。また、一泊はしませんが、同様に役者と参加者の距離が近い体験型ミステリーイベントとして、イーピン企画が2009年より始めた「Mystery The 3rd」もあります。2010年は「館」と題して、一軒家に集められた35名程度の参加者が事件に巻き込まれ、参加者同士で情報を交換し、証拠品を調査しながら推理を行うイベントが行われました。これらのイベントでは、もはや演劇を観ているのではなく、事件に巻き込まれた一般客をロールプレイする感覚で参加することになるのが魅力です。

その他にも、大阪では観客参加型ミステリーイベント「ミステリー名作選」が、神戸では本物の洋館を舞台にミステリーを体験する「洋館ミステリ劇場」が行われ、また、新たに水戸でキミトジャグジーによる「プラザスィート殺人事件」が開催されるなど、観客参加型ミステリーイベントは各地で実施され続けており、少しずつ広がりも見せています。

また、現場で捜査するわけではありませんが、大勢の参加者が自分の頭で悩むミステリー作品として、ふじしろやまと著「Sの紋章」が発売されました。この推理小説の巻末には、結末の代わりに「逮捕状」と銘打たれた解答用紙がついているのが特徴です。回答期限までに優秀な推理をした人には様々な賞品が当たり、最優秀探偵は、物語の舞台であるイギリスへの旅行へ招待されます。実際に読んでみると、暗号解読やアリバイ確認、証拠の吟味など、ページの隅々まで様々な要素がギュッと詰まっており、皆でわいわい議論しながら推理するのに十分耐える1作です。発売直後は Amazon で品切れになるなど、大きな注目を集めました。長期間の議論に耐えうる謎の仕掛け方は、ミステリーテイストのARG制作にも大いに参考になるのではないでしょうか。

同様の「読者への挑戦」形式の参加型ミステリー作品としては、安楽椅子犯人というサークルのフリーノベルゲーム「湖岸の盲点」のコミカライズがガンガンONLINEで連載中で、問題編のコミックの発売と合わせて、ノベルゲームでも行っていた懸賞付きの読者への挑戦が行われました。また、チュンソフトが開発したPSP用推理ゲーム「TRICK×LOGIC」では、夏休みに合わせて、毎週新しいストーリーを問題編を先行させながらオンライン配信し、推理の投稿を受け付けるという試みを行っています。また、2010年には実施はありませんでしたが、テレビ番組でも同様の試みもあります。朝日放送の「安楽椅子探偵」シリーズが老舗ですが、NHKでも、ケータイとも連動した実験的な番組「探偵Xからの挑戦状!」を2期放送しており、2011年の3月にはseason3の放送を予定しています。

(追記)

取り上げ損ねていたジャンルにつきまして、適宜、加筆をしていましたが、記事が長くなりすぎましたので、追記分を別記事に分割しました。
→「体験型エンタテインメント 2010年 総まとめ その2


目的別状況


前項では、ジャンルごとに状況をまとめましたが、ここでは、実施目的別にまとめます。

単体イベント

前述の事例を見ても分かるとおり、参加者から料金を受け取り、その場で楽しませて、解散する、という単体型のイベントが昨年は多く実施されています。リアル脱出ゲーム・体験型ミステリイベントはしかり、タカラッシュ!GPも、参加費こそありませんが、運営の構造は同じです。

これらの企画は、運営者にとっても、参加者にとっても、分かりやすいということが大きなメリットでしょう。収支の計算も簡単ですし、運営コストも当日だけですので低く抑えられます。参加者も、当日その場に行って体験するだけで、他に時間を取られることはありません。

反面、単体イベントでは、ユーザコミュニティを育てにくい、長期間の体験を提供できない、などの課題もあります。ただし、コミュニティに関しては、ミステリーナイトやリアル脱出ゲームでは、定期的に実施し続けることで、コアファン層をしっかり形成しています。

日本においては、リアル脱出ゲームの成功もあり、今年は単体イベントとしての体験型エンタテインメントが幅を広げながら増えていくかもしれません。

プロモーション

7月には福岡でソニー・ピクチャーズの映画「SALT」のプロモーションARG「ソルト×ARG」(当日の様子)が、そして、12月には前述の「みーまーARG」が邦画初のARGプロモーションとして行われるなど、欧米と同じく映画のプロモーションとしての ARG が始まりつつあります。

一方、ローソンの企画で、iPhoneの専用アプリをワンピースの作中アイテム「ログポース」に見立てたキャンペーンが行われました。ログポースの示す先にローソンの実店舗があり、そこを巡っておにぎりを買う、というものです(GIGAZINEのレポート記事)。ストーリーや謎解き要素はありませんが、ARGと銘打たれて実施されています。

また、ARGという名目こそ付いていませんが、ARG的な要素を持ったプロモーションも実施されています。UCCのプロモーション「ザ・カンケリ ザ・クリア」は twitter の情報を元に、他の Web サイトに「逃げ込んだ」逃亡者を見つけ出す、というものでしたが、時間を決めてのオンライン上のイベントは、twitter のリアルタイム性と相性が良く、大いに盛り上がったようです。また、賞品の高級マンション2年居住権で話題になった「ホームズくん史上最強の難問」は、回答に対しては参加者から異論もあったようですが、「難問」の(特定の層への)アピール力の強さを見せつけました。

ARG的な要素と言えば、Mr.Children の新アルバムのプロモーションだった「SENSE PROJECT」では、「トビウオニギタイ」という謎めいたキーワードを中心に、徹底して商品を表に出さない展開が行われました。公式サイトに動画やカメラ、電話などを利用した様々なギミックを仕掛け、一方で品川の駅のデジタルポスターに全面一斉掲出するなど、ARGの「驚き」の要素をふんだんに持ったバイラルプロモーションでした。公式ページのリンクから考えると IMG SRC Inc. が手がけていたようです。

マスに対する広告の効果が薄れて久しい昨今ですから、今年もこうしたプロモーションの取り組みは続くことでしょう。

家庭用ゲームとのコラボレーション

プロモーションの一種として、コンシューマゲームと体験型エンタテインメントとのコラボレーション事例をいくつか挙げておきます。リアル脱出ゲームの「廃倉庫からの脱出」では、チュンソフトの「極限脱出 9時間9人9の扉」がコラボし、謎の提供などが行われました。また、2011年になりますが、「逆転検事2」の展開の一環として、カプコンとイーピン企画とのコラボ企画「逆転ミステリー劇場 狙われた仮装コンテスト」が開催されます。

コンシューマゲームと体験型エンタテインメントは、技術やプラットフォームの進化/変化により、もっと近づき、混ざり合っていくことは必定ですが、まずはプロモーションでのコラボレーションから接触が始まっていっているようです。

地域振興

おそらく、日本独自の流れの一つだと思いますが、体験型のエンタテインメントを地域振興に使おう、という試みが多くなされています。体験型エンタテインメントは、その土地に来てもらうための動機付けと、オススメのポイントを歩いてもらうためのナビゲーションの両方の機能を併せ持っているためです。

ミステリー界隈では、以前から行われている試みのようで、例えば、毎年開催されている「アタミステリー紀行」は、熱海を舞台とした短編ミステリーを読み、舞台となった土地を散策しながら謎解きにチャレンジするという、熱海への誘客を目的とした企画です。平城遷都1300年祭の関連イベントとして企画された「平城京ミステリークエスト 朱都の記憶」もその流れを汲むものでしょう。

ミステリー以外でも、同様な動きがあり、下北沢を舞台にした「シモキタ@クエスト」や、高円寺フェスでの企画「高円寺捜査ゲーム 阿波踊る大捜査線」、淡路島体験型RPG「オニオンクエスト」、SCRAP が京都の三条小橋商店街向けに企画した「サンコバ・ミステリー 龍馬からの暗号」、Rush Japan の「エノシマトレジャー」、広島電鉄をすごろくに見立てて遊ぶ「広探ゲーム」など、地元と密着したイベントが頻繁に企画されています。

ガジェットを使って街を回るといった企画だけでも、京都の「おさんぽ探偵局」、和歌山の「Wi-Fi★宝探しin南紀田辺」、渋谷の「渋谷芸術祭スタンプラリー with pin@clip」、原宿の「トレジャーハント!」などなど、数多く行われました。

また、遠方からの誘客手段としても魅力的のようです。前述の「サスペクツ」も北秋田市商工会が実行委員会のバックに居ますし、式根島のプロモーションを目的として、謎を解いた人から抽選で冒険旅行に招待した「式根島おもてなし事業 南の島の冒険旅行」も地元商工会が主催でした。特に、前述の「タカラッシュ!GP」の集客能力は高く、ハウステンボスで開催した際には、東京や大阪から参加した熱心な参加者も多かったようです。

オフシーズンでの誘客をしたい地元と、イベントが出来る場を求めている制作側の、両者にとってメリットのある地域振興型の体験型エンタテインメントは、今後も広まっていきそうです。

ミニARG

商業的にARGの制作に取り組む企業・団体が増えてくる中で、非営利目的のミニARGの制作も行われています。学生が中心となった研究目的のトライアルであったり、ARGを提供することに喜びを感じる個人やサークルが、ただ作りたくて制作している場合など、様々です。

こうした動きは商業的には軽視されがちですが、同人誌即売会が日本の漫画家・イラストレータの育成機能を担っているように、ミニARGの活発な制作は次代のARG制作者を育てる重要な役割があります。特に、日本においては業界を牽引するようなスタークリエイターが未だ登場していませんので(SCRAPの加藤さんをそう見る向きもあるかもしれませんが)、こうしたミニARGの制作者の中から、最初のARGブームを担う人材が現れる可能性があります。

2010年の実施例としては、慶應の武山研究会(KEG)のメンバーが制作した「かぶ同盟」や、慶應のメディアデザイン研究科が行った「愛犬アインシュタインを探そう!」、九州大学の学園祭で行われた「九大祭999メインサイト)」、個人で制作している横浜での街歩きを中心とした「横浜ARG第1回第4回)」、(ARGかどうかは異論がありますが)2010年で5周年を迎えた「VIPPERのあんたがたに挑戦します」などがあります。

また、手前味噌ではありますが、SIG-ARGでも、twitterなどを利用したミニARGの制作支援フレームワーク「Weekly ARG Project」を試験運用中です。


総括


2010年、ARG的なエッセンスを持った企画はいろいろ出てきましたが、欧米の典型的なARGを期待するARGファンが満足するような本格ARGにはついに出会えませんでした。ストーリー・謎解き・コミュニケーション・トランスメディア・実世界イベント。ARGを彩る特徴を全て備えたARGが、今年は現れるのか。全てはコンテンツ次第、というところでしょうか。

一方、体験型エンタテインメントという広いくくりでは、リアル脱出ゲームもタカラッシュ!GPも元気ですので、今年も躍進の1年となりそうです。ぐいぐい引っ張っていくコンテンツがあると、裾野も広がっていきますので、そういった点でも今年は楽しみな年となるでしょう。

また、様々なジャンルの体験型エンタテインメントがコラボレーションを起こし始めているのも、要注目です。イーピン企画とSCRAPがコラボした「二重密室から脱出せよ」「密室披露宴へようこそ」、イーピン企画とRush Japanがコラボした「赤いピンプロジェクト(仮)」など、各種体験型エンタテインメントのファン層が混じり合うきっかけが生まれています。ここから、新たな体験型エンタテインメントのプレイヤーコミュニティが生まれると、より大きな企画が生まれる土壌ができるかもしれません。

欧米の典型的なARGが、日本でも何百万人のユニークユーザーを持つコンテンツとなり得るのか、それとも、日本ならではのカルチャライゼーションが行われた上で、じんわりと浸透していくのか。制作者が揃い、実施例も増えてきた今年が、日本のこの先の「ARG的なもの」を占う上で、注目の一年となりそうです。

(追記)この記事では国内事例しか扱いませんでした。海外事例に関しては「海外ARG 2010年 総まとめ」でまとめています。

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